お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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プリンを食べた
2006年 03月 06日 (月) 10:43 | 編集
手術は無事に成功しました。

翌日の午前中には、まだ頭の中に残っている血液を出すためのチューブを抜き
ガーゼで穴に蓋をしました。
そしてその日のうちにICUから出る事になりました。
相部屋が空いていなくて個室に移るしかありませんでした。
静かでいいのですが、一日7,500円別途にかかります。

この時点で、母が倒れてから一週間が経っていましたが
ここで初めて母の保険について調べなければならない事に気が付きました。
本当に間抜けな父娘です。

丸坊主の頭に白いニット帽をかぶって、少しベッドの背を起こしてもらった母は
相変わらずボーッとして半分眠ったようでした。
でも看護婦さんが
「○○さん、プリン食べられるかなー」
とプリンを口に入れるとゴクリと飲み込みました。
口から物を摂るのは倒れてから初めてです。

看護婦さんが残りの半分を私にさせてくれました。
母はプリンを飲み込むと、口を開けて次を待っています。
一週間飲まず食わずの痩せ細った体に丸坊主の頭は、本当に鳥の雛のようでした。


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この記事へのコメント
うちはしばらくかかりました。
個室しか開いてなかったとのこと、費用も相当かさんだでしょう。
確か病院側の都合になるから、請求はできないとか、早急に部屋が開いたら移らせるとか
しないといけなかったような。

1週間でものが食べられたとのこと、うちは鼻からの経管栄養をリハ病院に移ってもしばらく続いてました。(約9ヶ月くらい)リハ病院の医師からは、即胃ろうもすすめられましたが、
いろいろ考え、執刀の脳外科医にも相談し、これは断りました。
鼻に管を通し放しはとても辛いと、実習で自ら体験したという看護師さんが語ってくれました。うちの妻もプリンが口から食べられるようになったと聞いたときはうれしかったものです。



2006/ 03/ 07 (火) 22: 18: 59 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
>タケノコさん
そうなんです。
「四人部屋が空きました」といわれた時は、既に個室に入って1週間が経っていて
母もようやく慣れてきた事だしと、結局リハビリ病院に転院するまで一ヶ月近く
個室で過ごしてしまいました。

口からモノを食べてくれるというのは凄く嬉しいですよね。
なんだか、そこで初めて本当に生き返ってくれたような気がしました。

母は出血も中程度で、肺炎などにもならずリハビリにも早く入れたのに。いまだに右手はピクリとも動きません。言葉もかなり不明瞭です。
脳の中の事は本当にわかりません。
2006/ 03/ 07 (火) 22: 47: 53 | URL | wool # -[ 編集 ]
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