お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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終わりが見えて
2006年 08月 11日 (金) 22:02 | 編集
9月初旬の退院のところを、2ヶ月延長してもらえましたが
その後はどうするか、OTの先生に聞かれたそうです。

「11月からはやっぱり隣の老健に入れてもらって
 春頃まで置いてもらえないかね。冬の間は寒いからねえ~」
父がのんきにのたまうと
「なにを他人事みたいに言っているの。
 私はもうここから家にかえりますよ!そのつもりでいてください!」
母がすぐに却下したそうです。
私が帰った後の夜の出来事だったそうです。
翌日、母からそれを聞いた時
「見たかった~!!!」
と私は心底思いました。

母が自分から“家に帰る”と決めたとは、ちょっと驚きでした。
それも父の意に反して。
これまで、先生方や私のいいなりだった母が
“11月までここで頑張って、その後はもう家に帰りたい”
“そうできるように一生懸命頑張ります”
と私たちに宣言したのでした。

それから母は私に言いました。
「だからあなたも予定通り、9月の初めには向こうに戻りなさいよ」
「もう充分にしてもらったから」
「あとは一人で大丈夫」

私が実家にいるのは“母がリハビリ病棟にいる間だけ”と決めていました。
それが2ヶ月伸びて
“どうしよう。11月までこちらにいようかな”
“私がいた方がいいよね”
“家に帰って落ち着くまで”
“でもそれじゃあキリが無いかも”
などと考えていた矢先でした。

”娘がいなくても頑張る”
”きっと大丈夫”
という自覚が母に生まれたのは、とても嬉しい事でした。
と同時に、なんだか淋しくもありました。
まるで永遠に続くかのように感じられた、母と二人三脚のリハビリ生活が
あと1ヶ月で終わるのでした。


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Comment
この記事へのコメント
自信が出てきた。。。
よかったですねー。
でも気にはかけていてくださいね。

私も家族や友人に何度も言ったけれど、
でも生活の中で未知な色々な壁が出てくるので。。。

それでも本人の気持ちが強くなってくるのは一番大事ですからね。
復帰の第一歩ですね。。。
2006/ 08/ 13 (日) 00: 11: 41 | URL | yun # -[ 編集 ]
>yunさん
yunさん。こんばんはー。

はい、毎日気にかけています。
母はつよがりもよく言うので。
本当に時間ってスゴイですよね。
絶対にムリだと思ってた事も、気が付いたら解決してしまったりするし。

そうそう。これが母の復帰の第一歩だったかなー?
2006/ 08/ 13 (日) 18: 47: 12 | URL | wool # -[ 編集 ]
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