お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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七夕
2006年 07月 08日 (土) 23:53 | 編集
回復期リハビリ病棟の食堂に、大きな笹がやって来ました。
毎年患者や職員が、短冊を書いて飾り付けるという事でした。
母も願い事を書くように言われ、大きめの色紙を渡されました。

とはいっても母には失語症があります。
何と書いていいか、願いと言われても思いつかないし
言葉も中々思い出せませんでした。
職員の人達の分は、もうほどんど飾ってあるというので
参考にするために、車椅子で短冊を見に行きました。

「息子が大学に受かりますように」
「旦那の血糖値が下がりますように」
いつもは母と自分の事だけでいっぱいで
看護師さんや介護師さんリハビリの先生たちの事まで考えが及びませんでしたが
家族に病人がいようといまいと、皆それぞれ真剣な悩みや願いがあるのだなと
当たり前の事を、シミジミ思いました。

母の三人の子供達は、皆とっくに大学を卒業しているし
今のところ家族には母の他に病人はいません。
人の書いた短冊は、あまり母の参考にはなりませんでした。
母の願いは、やはり
「手と足と口が元に戻りますように」
なのですが、それではなんだか生々し過ぎるし
母が毎日、朝から晩まで願いつづけている事を
短冊にまで書かせたくありませんでした。

母は毎年のように、習い事その2で一緒のOさんと
奈良に旅行に行っていました。
『Oさんと奈良に行きます』
母の短冊はこれに決まりました。
字も左手でゆっくり大きく、ちゃんと漢字で書きました。
皆にも、綺麗に書けたねと言われて、母も嬉しそうでした。

「ステキな女性と出会いたい」
背の高い男の看護師さんに、母の短冊を飾ってもらっている時に
母のPTの先生が、こんな可愛い事を書いているのを見つけました。
夕方のPTの時間に、母が先生をからかう事が決定しました。



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Comment
この記事へのコメント
そうだね
そのお願い事 叶うといいね。
いえ、叶うと信じることが大切だよね
私も、母の病気と向き合うようになって、具体的な願いは出来なくなったなぁ
初詣でも、七夕でも、お願い事っていうと、漠然としたことだけになった。
別に諦めてるってことではないけど、治る治らないってことより、心が満たされるよう、
笑顔が出るような生活を望んだのね
それが一番難しいんだけどね(^^;)

そのPTさん、きっと素敵な人と巡り会えるよ~♪
2006/ 07/ 09 (日) 01: 21: 16 | URL | ウルル # L1ch7n1I[ 編集 ]
奈良に一緒にいけるといいですね。(もう行かれているのでしたら、ご容赦下さい)うちの妻は残念ながら、読み書きは×だったので、
代わりに自分が書きました。早く良くなるようにとか。歩けるようにとかありきたりのものだったと思います。
2006/ 07/ 09 (日) 21: 48: 39 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
>ウルルさん
そうそう。
母が倒れてからこちら、私は自分の事に関しても
そんな感じになりました。

>心が満たされるよう、笑顔が出るような生活を望んだのね
うんうん。中々難しいかも知れませんね。
でもこれが究極の幸せかも、と思いますー。
2006/ 07/ 10 (月) 11: 04: 04 | URL | wool # -[ 編集 ]
>タケノコさん
奈良なんて、まだまだです~。
私とショッピングセンターがせいぜいです。
なにしろ体力があまり無いので。
でもいつか必ず母と旅行に行きたいと思っています。
2006/ 07/ 10 (月) 11: 07: 57 | URL | wool # -[ 編集 ]
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