お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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やっと
2006年 07月 03日 (月) 23:20 | 編集
リハビリ病棟のある地元の病院に転院して、丸四ヶ月。
七月に入って、ようやく杖でのPTリハビリが再開されました。
リハビリ中に転びかけてから、一ヶ月間封印していたMY杖の出番です。

「吉岡さんみたいに、杖で歩きたいな~」
「でも怖くてたまらないの」
この一ヶ月間、母は病室に置いてあるMY杖を度々眺め
時には左手で触ったりしていました。
リハビリ責任者のOTの先生が、杖歩行を再開する三日程前から
OTリハビリの時間に少しだけ、病室内を杖で歩かせてくれました。
もちろん後ろからガッチリと母を支えてくれました。

やり方はPTの先生と同じなのですが
そこはベテランです。
安定感が全く違ったそうです。
おかげで母は、杖を再開する勇気がわいたようでした。

最初は、本当に恐々と歩いていましたが
少し慣れて来ると、母も一ヶ月のブランクが惜しいらしく
リハビリの時間以外も、病室を杖で歩きたがりました。
もちろんバリバリ禁止されています。
やっと母も、吉岡さんのように
『やらずにはいられない』
気持ちになったんだなと思いました。

吉岡さんからは、この時点で三ヶ月もの遅れをとっています。
今思うと麻痺の程度もですが、意識レベルも
吉岡さんよりもずっと悪かったのでしょう。
この頃からリハビリの無い土日にも
隠れて杖で歩く練習をしたいと言い出しました。

やっとです。本当にやっと。
母の気持ちが私の気持ちに追いつきました。
やっと母も『与えられる量では足りない』と思うようになったのだと思いました。

”どうして死にもの狂いにならないの”
”時間が無いのが分からないの”
”こんなにしているのに、なぜ良くならないの”
私の人生で最悪の精神状態だった三ヶ月間が終わりました。


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Comment
この記事へのコメント
ママン見ていて思ったんだけど
結局のところ
まわりがいくらやいやい言っても
本人が「絶対やりたい!」って本気で思わないと、ダメなんだね。
ママン、この「自覚」が出てきてから
ホントによくなりだしたもん。
ただ、ウチの場合、その「自覚」が退院後だったの。
ちっ。リハ病院で何故ならなかったっ?!と思ったけど、
家に帰ったから、そういう気になったんだよねー、きっと。

もしかして、宗方woolはオシマイ?
2006/ 07/ 05 (水) 00: 49: 24 | URL | ゼリー # JalddpaA[ 編集 ]
>ゼリーさんへ
ほんと、歯がゆいったら無いですよね。
やる気を出させるって不可能でした。
色々やったんだけど…
うちはなんとか入院中だったけど
私的には遅すぎましたー。

そうそう。
宗方woolはサヨナラですー。
2006/ 07/ 06 (木) 00: 02: 08 | URL | wool # -[ 編集 ]
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