お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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2006年6月現在の母 その4
2006年 06月 12日 (月) 02:13 | 編集
「だんだん怖くなってきたの」
日曜日。二人で近所を歩いてリハビリしている時、母は言いました。
「まえは、何もかんがえないで歩いていたのよ」
頭がクリアになるに連れて、母は怖い事が増えたそうです。
ちょっと斜めになっている所を歩くのも、とても怖いそうです。
必ず麻痺している右側についていて欲しい、と言いました。

今回私が帰省する時、飛行機が無事に着くかしらと
心配で仕方が無かったそうです。
そう言えば、お正月に私と弟その2が帰った時
そんな事は何も言いませんでした。

昨年の今頃も、私は帰省したのですが
その時母の左手の甲に、痣と血豆のようなモノを見つけました。
私はビックリして、どうしたのか聞くと
「ころんだの……」
見つかっちゃった、というような顔で母は言いました。

リハビリが休みの日の昼間、父は二階にいて母も二階へ行きたくなったそうです。
父と一緒に階段を上ったことはあるのですが
一人ではやっていませんし、もちろん禁止されています。
「できるような気がしたの」
「魔が差したの」
一人で二段くらい上がったとき、バランスを崩して
左側にある手すりの、向こう側の廊下に
走り高飛びの”ベリーロール”をして落ちたそうです。
骨折しなくて幸いでしたが、身体のあちこちを打ち
二ヶ月くらいはまともにリハビリが出来なかったそうです。

今の母ならそんな事は絶対しませんが
まだその頃は、頭に霞がかかった状態だったのだと思います。
「ぜんぜん怖くなかったの」
父に散々叱られ、禁止事項を細々と決められ
そっちの方が怖かったと言っていました。
私にも怒られると思って言わなかったそうです。
そら怒りますがな、母よ。

その話を聞いた一年前、私も怒りたかったのですが
母の華麗な”ベリーロール”を想像すると
笑ってしまって怒れませんでした。


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Comment
この記事へのコメント
いろんなこと・・少しづつ戻ってくるんですね。
怖さがわかってきたら、自らがいろんなこと気がつけて、危ないことはしないようになるから、何よりですよね。
骨折とかしなくて、本当に良かった!

お父様と、お母様・・ゆったりとした時間が流れているのですねぇ。
そんな風に過ごせることが、とっても大事なんでしょうね。
それにつけても・・お父様がご飯作れるのって・・もうそりゃぁ素晴らしい限りです。
うちの父なんて・・「出来ない」って、思い込んじゃってる。出かけるときは、父のご飯の心配もしなきゃならない私は・・・ふー。
でも最近、私が留守の時は食器は洗ってくれています。
うんうん、woolさんは本当にいい奥さんになれそうですね。太鼓判おしちゃう!!
2006/ 06/ 12 (月) 09: 34: 17 | URL | 久美子。 # -[ 編集 ]
うん
「できるような気がしたの」
この気持ち、うちのばぁも抱いてて悩まされたことありましたぁ
一人にさせておくと、自分で出来そうだと思うことをしちゃうんですよね
でも、実際はそう上手くいくもんじゃない。
しまいには、一人の時は、出来そうな気になれないような環境作りまですることになったけど、怪我をされると大変な事になるし
辛いですねぇ
じぃも、たまに無茶します(^^;)
2006/ 06/ 12 (月) 12: 16: 19 | URL | ウルル # L1ch7n1I[ 編集 ]
“ベリーロール”笑っちゃいましたi-179ごめんなさい。
見てみたかったような・・・
真面目な話、読んでいるとハラハラしてしまいます。でもいろんなことできるようになって良かったですよね。すごいですよ。woolさんの見守る姿も愛を感じます。
2006/ 06/ 12 (月) 22: 23: 53 | URL | こうばこ蟹 # 2Ck1dPOk[ 編集 ]
>コメントありがとうございます。
久美子。さん

父と母がゆったりした時間を過ごしているのか
スローにしか行動できないのかは微妙なところですが
今のところは、夫婦で頑張っています。

父は母がいないと電話にも出ない人でした。
自分が作るか、人を雇うかをせまられて、自分で作ることにしたのでしょう。
誰も作る人間がいなれば仕方がないと思います。
でもまあ学生の頃は山岳部だったそうなので、全くできなくは無かったのかなと思いますけれど。

久美子。さんのお父様はお幸せかも知れませんよ。
娘と一緒に暮らして、食事を作ってくれて。



ウルルさん

>出来そうな気になれないような環境作り
スゴイですね!
どんな環境なんでしょう。
でもホントに、どうやったら「できるような気がする」のかさっぱり理解できません。

小学校の運動会でお父さんたちが、徒競走ですっ転ぶのと同じでしょうか?



こうばこ蟹さん

笑って頂いてありがとうございます。
母はとぼけたヤツなのです。

今はもう大分私も落ち着きましたが、去年くらいまでは、携帯メールの返事が無いと
「骨折?」
「再発?」
などと、一人でドキドキしていました。
今はもう「一年中二十四時間付いている事は誰にもできない」と諦めることができました。
ホント時間ってありがたいです。
2006/ 06/ 12 (月) 23: 18: 47 | URL | wool # -[ 編集 ]
うちの場合は 歩けなかったので立ち上がりさえしなければまずは安心だったのですが、トイレはいつも横に置いていたので、一人の時は到底一人ではたどり着けない所まで持っていってました。
可哀想ですが、一度自分でベッドから降りようとして転んだことがあったので。
他にも危ない物 ハサミとか針とか、誰かが居るときだけ使えるように棚の一番上に置くとか
母は手芸が大好きだったんです。
簡単な環境なんですけどね、
あとは、食べ物も、食べられる!と思っていたので近くには一切食べ物を置かないとか。
でも、内心は複雑でしたねe-263
だって、無理矢理諦めさせるわけですから

私も たまに 出来る!かも?と、いざやったみたら全然出来なくてガックシすることありますよ~(^^;)
昔は出来てたってのが脳裏にあるからなんですねぇ
もう体は言うこときいてくれないのにね(汗)
2006/ 06/ 13 (火) 01: 50: 51 | URL | ウルル # L1ch7n1I[ 編集 ]
ウチの親父が「怖さ」を口に出し始めたのは、5ヶ月くらい経ってからかなぁ。
それから、リハビリにも「熱心」になっていったね。
それまでは、ベッドから柵乗り越えて頭から落ちたり・・・

でも、お母様、良くなってきているようで良かった。
リハビリにも張り合いが出そうですネ

にしても、階段でベリーロールは怖いねェー
2006/ 06/ 13 (火) 22: 04: 11 | URL | カズP # H6hNXAII[ 編集 ]
ウルルさん
なるほど。
本人が諦めざるを得ない状況をつくるわけですね。
可哀相ですが、仕方が無いのかも知れませんね。
2006/ 06/ 13 (火) 23: 16: 46 | URL | wool # -[ 編集 ]
>カズPさん
ねっ。普通はすごく怖いですよね。
痛かったけど怖くなかったらしいのですよ。母は。
「アホか」って感じです。

体力はついてきているようですが、もう手足や言葉の方は、あまり回復することは無いと思うのです。
今の身体でできる事、楽しめる事、生き甲斐を見つけて欲しいと思っています。

2006/ 06/ 13 (火) 23: 22: 33 | URL | wool # -[ 編集 ]
アハハー!
私もベリーロール、ちっと笑っちゃった。

ウチもね
「ゼリちゃんとママンのお約束」が沢山ありますよ。
1.1人のときは、ベッドから降りてはいけません
2.車椅子を止めたら、必ずブレーキを両方かけます
などなど。お父様に負けないくらい、細かいかも(笑)

「できるかも」って思う時、ママンにもあるみたいです。そんな時は
「きっとひとつ、出来るところへの階段を上ったんだよー。よかったじゃーん!」
と言って、喜んじゃいます。
2006/ 06/ 14 (水) 00: 55: 22 | URL | ゼリー # JalddpaA[ 編集 ]
ゼリーさん
良かった。
「ベリーロール」をみんな分かってくれてv-351
職場の24歳男子は知りませんでしたよ。

ゼリーさんも宗方ですかっ!
でもそうですよねー。
今更骨折なんかされてたまるかって感じですよね。

「できるかも」ってみんな思うんですね。
そうか。そうか。
2006/ 06/ 14 (水) 10: 24: 14 | URL | wool # -[ 編集 ]
私もそうでした。。。
頭がクリアーになってくると
色々な事が分って考えられるようになる為。
先の事とか不安になっていきました。。。

でも、お母様、大事がなくてよかったですね。
私も頭がはっきりしてきた頃、
油断していて、
普通に歩こうとしたら体がついてこなくて
倒れそうになった事あります。
2006/ 06/ 14 (水) 21: 51: 03 | URL | yun # -[ 編集 ]
yunさん
yunさんこんばんはー。
そうか。先の事なども考えるようになるんですね。
っていうか、最初の頃はそういう不安も無かったって事ですね。

母の気持ちになって考える事は、ほぼ不可能なのですが、段々不安や心配が増して来ているかも知れないって事ですねー。

yunさんも気をつけてください。
絶対転んじゃダメですよー。
2006/ 06/ 14 (水) 23: 28: 53 | URL | wool # -[ 編集 ]
長年当たり前のようにしてきた行動が
突然出来なくなってしまうんですもんね。
意識と身体のバランスが
上手く取れない時期があるのでしょうね。
お母様が「怖くなってきた」というのは
今の身体を受け入れ始めた事かなぁ、と
想像しちゃいます。

私なぞは、未だにバランスが取れていないのか
麻痺った足が「動く」気がすることがあるんですよねぇ・・・
お母様の「できるような気がしたの」と同じで(^-^;
真っ赤な顔して、力んで・・・オナラが「プゥ」となって終了です(゚m゚*)

いやはや、それよりも。
「階段でベリーロール」しても
無骨折の奇跡のお母様・・・すごいですねぇ。
どうぞ、お怪我なさいませんように。
2006/ 06/ 15 (木) 09: 56: 03 | URL | tomocof # -[ 編集 ]
>tomocofさん
母は自分の身体を受け入れているのかな。
本当にそうなら嬉しいです。

tomocofさんも、動くような気がしますか?
母は右側にあるものを取る時など
つい右手で取りそうになるそうです。
そして動かないのに気が付くそうです。

私はいつもtomocofさんの明る~いブログに励まされていますよー。
母もそのうち、ブログでも書けるようになったらいいなと思います。
先は長そうですが……
2006/ 06/ 15 (木) 10: 48: 51 | URL | wool # -[ 編集 ]
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