お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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自分でパンツを
2006年 05月 23日 (火) 23:29 | 編集
右腕はさっぱり動くようにはなっていませんでしたが
OTとしてのリハビリは、日常生活全てに渡り
車椅子への乗り移りやトイレの仕方にまで及びました。
母はトイレに連れて行ってもらうと
私か介護士さんがズボンとパンツを下してくれるのを待ってから
手すりを持って、自分で便器に座っていました。
終わった後も同じです。
自分で立ちあがるのですが、自分ではズボンを上げられませんでした。

「ちょっとご自分でズボンを下げてみましょうか」
OTの先生が病室でのリハビリの時間に言われました。
まず着衣のままで一人で立ち、上半身を前に倒し
左手でズボンを下すマネをさせました。
そして上げるマネも。
母は初めてなのにちゃんとできました。
ではと言って、OTの先生と三人でトイレに行きました。
先生は個室の外で待っているので
母に自分でちゃんとパンツも一緒に下して座ってみて下さいと言われました。
私がすぐ側で手を広げて、倒れないようにガードする係りです。
やっぱりちゃんとできました。

キツネにつままれたみたいでした。
”なんだできるんじゃん…”
きっともっと前からやればできたんだと思いました。
それくらい自然で危うげ無い動作でした。
「ちょっとした動作が、まだ一日の運動量から見ると身体に負担になるので
 これまではご自分ではしてもらいませんでした」
とOTの先生は言われました。
たったこれだけの動作さえも負担になるとは思ってもみませんでした。
”母は大病をした直後で、本当に何をするのもしんどいんだ”

そしてここに至って初めて
”手が動くようになる。歩けるようになる。しゃべれるようになる”
という事だけがリハビリでは無いんだと気が付きました。
先生たちはいつも言われていた事なのですが
母の腕や足の動きだけにとらわれて、私は全く分かっていませんでした。

歩ける事とトイレの介助とは別の次元の話だと思っていた、アホーな私は
”自分でパンツを上げ下げできればトイレ介助はいらない。母は一人でトイレに行ける”
というスゴイ事実に思い当たり
母が倒れて以来、初めて目の前がひらけたような気がしました。


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Comment
この記事へのコメント
はじめまして
よくお名前を拝見するのでいつか訪問させていただきたいと思っていました。ひととおり読ませていただきました。
なんだか・・・不思議な感覚です。年齢は私と母のほうが10歳以上うえだと思いますが、まるで7年前の私と母を見ているようです。とてもよく似た状況です。
お母様、きっともっともっと良くなります。まだリハビリ始まったばかりです。そしてwoolさんご自身も、看病しながらも自分を大切に大切にしてください。溜まった不満は時々爆発させたほうがいいです。ご家族のためにも。そうやってだんだん介護体制ができていくのかなと思います。これは私が自分を例にして言うのではなく、介護する人はまず自分を大事に考えないと、自分がつぶれてしまうような気がするんです。
勝手なこと書いてすみません。また訪問させてください。
2006/ 05/ 24 (水) 14: 14: 27 | URL | こうばこ蟹 # 2Ck1dPOk[ 編集 ]
>こうばこ蟹さん
はじめまして。woolと申します。
ご訪問ありがとうございます。
実は私もあちこちでお名前を拝見していて、少し前からブログを読ませてもらっていました。
ご実家に通われているんだー。
ご主人もお父様もご病気をされたんだなー。
お一人で大変だなーと思っておりました。

私はもう介護を離れているのです。
ブログには書いていないので、分かり辛くてすみません。
ゼリーさんみたいに私も母の現状を書いた方がいいですね。
7ヶ月間べったりと母の側にいて、それからは年に何回か帰っているだけなのです。
ですので現在毎日奮闘されている方々には、頭が下がる思いです。

ゼリーさんのブログのコメントに書かせてもらったのですが、そう遠くない将来田舎に帰って二世帯住宅でも建てて、母の側で暮らすのが夢なのです。まだ本当に夢物語ですが。
その夢がかなった時に、みなさんのように暮らしていけたらいいなと、将来の参考にさせてもらっています。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2006/ 05/ 24 (水) 20: 56: 11 | URL | wool # -[ 編集 ]
うちの妻は訴え自体が退院後もしばらくなかったのですが、そうズボンの上げ下げや、パジャマのボタンなんかを片手で出来るようになるだけでも、どれだけ体力、根気を要して疲れるものなのか、私も妻の行いを見て初めて知った感じでしたね。
横から口をはさんですみませんが、二世帯うまくいくといいですね・・・だんなさんとかの理解が得られるといいですね。。。同居で協力しあえれば最高なのですが・・・
2006/ 05/ 24 (水) 21: 29: 55 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
ホント、おぱんつ処理を自分でできるってことは
マジでマジでマジでマジで
スバラシイことです。
私もね、自分で片手だけでやってみたことがあります。難しくて、大汗かきました。
大変なことなんですよね。

私は二世帯、ずっと応援してるからね!
2006/ 05/ 25 (木) 00: 47: 37 | URL | ゼリー # JalddpaA[ 編集 ]
>コメントありがとうございます
タケノコさん

ホントに片手で生活するって大変ですよね。
まずうまく出来ないしイライラするし、腕が痛くなるし。
母の洋服を選ぶ時、必ず自分で左手だけで試着してみます。その度に狭いボックスの中で、すごく汗をかいてしまいます。
二世帯。一緒に住んでくれる旦那様も探さなきゃいけないんです、私の場合は。
いるかな…まあいざとなったら一人でも…


ゼリーさん

あっ!ゼリーさんの噂をしてたらゼリーさんがっ!
片手ってトイレットペーパー千切るのさえストレスですよねー。
私は実は矯正右利きだったらしく、左手を使うことにはあまり抵抗は無いのですが、片手だけというのはやっぱりかなり大変です。

おぱんつ処理は本当に素晴らしいです。
おかげで母は日中、食事を置いておいてもらえれば一人で過ごせます。
ホントにありがたいと思っています。

二世帯応援ありがとう!
できれば旦那様付き二世帯目指して頑張りまっす!
2006/ 05/ 25 (木) 01: 22: 04 | URL | wool # -[ 編集 ]
こんにちわ。tomocofと申します。
BLOG読ませていただきました。
涙が沢山、溢れてきました。

自分の身体を受け入れられないと、
リハビリなんて出来たもんじゃないと思います。
リハビリ病院では葛藤している沢山の人と出会いました。
葛藤を乗り越えて回復していく方もいらっしゃれば
入院時と変わらない状態のまま退院していく方もいらっしゃいました。
今はお母様、お父様と二人で暮らしてらっしゃるんですね。
そこまで回復されたなんて、ものすごく努力されたのだと思います。
また、それを支えたwoolさんも・・・

介護をする側、される側。
互いにストレスを溜め込まないで暮らして行きたいなぁと、思っています。
また、遊びに来ます♪
2006/ 05/ 25 (木) 09: 42: 34 | URL | tomocof # -[ 編集 ]
>tomocofさん
ご訪問ありがとうございます。
ありがたい事に、倒れて4ヶ月が経った6月頃からは
母はリハビリに前向きになりました。
頭が徐々にクリアになってきたというのも大きいと思いますが
近くの病室の方が、みんな比較的お元気な方ばかりというのも刺激になったと思います。

私はずっと、母をヘタレで弱い人だと思っていましたが
今では尊敬しています。
毎日明るく暮らして、元気にデイに行くだけでもスゴイと思うのです。
tomocofさんのおしゃるように
不自由になったしまった自分の身体を受け入れられたからこそだと思います。
ですからtomocofさんのことも、素晴らしいなーと思いながら、いつもブログを読んでいます。

どうぞよろしくお願いいたします。
2006/ 05/ 25 (木) 12: 42: 08 | URL | wool # -[ 編集 ]
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