お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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杖が来たけど
2006年 05月 20日 (土) 21:29 | 編集
「杖で歩く練習をしてみましょうか?」
六月に入ってすぐに、PTの先生が言われました。
吉岡さんから遅れる事二ヶ月。
転院して三ヶ月たって、やっと杖が母のところにもやってきました。

病棟のリハビリルームに備え付けの杖を使って
母はちょっとPTの先生と歩いてみました。
もちろん先生に後ろからがっちりと腰を支えられながらです。
母は杖のつき方がまずわかりません。
つくタイミングも。
「右足を補助するためですから、右足と一緒に」
と言われてもなかなか…
私も他の杖でやってみましたが、難しかったです。
グラグラして、腕もプルプルして。

「こわーい!」
怖がりながらも母は嬉しそうでした。
「うまく歩けるようになったら、○○さんも廊下で歩きましょう」
PTの先生にそう言われて、私も物凄く嬉しかったです。
”吉岡さんや他の人たちのように、廊下でリハビリができるんだ!”
母の誕生日が六月なので、杖は私からの誕生日プレゼントという事にしました。
真っ黒で太い杖を母は選んだのですが
持ち手のすぐ下にピンクのリボンのシールを貼りました。

そのMY杖でリハビリルームを一週間ほど歩いた頃
「あっ!!!」
PTリハビリ中に母は前に転びそうになりました。
辛うじて身体を小さく丸めて、しゃがんだだけで済みましたが
先生も母の腰を持ったまま一緒にしゃがんでしまいました。
私も咄嗟の事で駆け寄れませんでした。
母はそれで脈拍が増えてしまい、その日のリハビリは中止になりました。
次の日からも、母はその時の恐怖心から杖で歩けなくなってしまいました。
PTの先生は本当に心から、申し訳無かったと謝ってくれました。
後からリハビリ責任者のOTの先生も謝罪に来てくれました。
でも、せっかく杖が来たのに、やっと来たのに後戻りでした。
母の恐怖心が消えるまで当分の間、杖は”封印”という事になりました。

結局その後一ヶ月近く、母は杖を使えませんでした。
母は今でも言います
「アレはいけなかった。先生がいけなかったよ。
 若いから仕方無かったかもしれないけど、アレで随分時間を損したのよ。
 先生がついていて、補助してくれていて転ばしちゃいけないと思うの」
母は先生達の悪口や文句を、それまで一言も言った事がありませんでした。
その母が退院した後まで言うのですから
本当に怖かったんだろうし、本当に残念だったんだろうなと思います。


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Comment
この記事へのコメント
とんだ災難でしたね
これは、付いていたPTのミスですね。
いくらバランス崩したからって訓練中にこかしちゃいけませんよね。。。。
倒れそうになっている人をムリに倒れないようにふんばると、かえって介助するヒトも一緒に倒れてしまっては危険なので、ムリに立たそうとせずに、ゆっくりおしりから倒れる(柔道の受け身、スキーの転び方みたいに)のならわかりますけど。。。
2006/ 05/ 21 (日) 17: 24: 27 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
恐怖心。
そう言えば・・リハ病院に入る時に、療法中に事故が起きたときの同意書にサインをさせられました。これにサインをしなきゃ・・入院出来ませんよって。
仕方ないこと・・って、なんか始めから断言されてるみたいで~ね。そうじゃないんでしょうけど。
もちろん、細心の注意の上、万が一ってことでの同意書なんでしょけど。
万が一・・って、あるんだってこと、身を持って経験してしまってるから・・なんだか最近サインをするのが辛いって父は言ってます。
ごめんなさい!話がズレちゃいました。
でも、恐怖心に打ち勝ったお母様、立派!!
良かったですねぇ!
私も、恐怖心に打ち勝っていかないと・・ですね。恐々と介助をしていたら、支えられる側も安心してらんないだろし。
体力と、注意力・・つけないとなぁ。
このオッチョコチョイナ性格・・どうしよう・・。
益々、母に頑張ってもらわんとなぁ・・。
タケノコさんのおっしゃるとおり、倒れ方のコツも大事なんですね。
2006/ 05/ 22 (月) 07: 12: 12 | URL | 一人娘。 # -[ 編集 ]
転倒
これは本当に恐いですよね
もし万が一骨折でもしたら・・・もう一大事!
凄く恐いです。私も介護をしてて、とにかく転ばないこと。転ばさないこと!と注意していました。
お母様 頑張りましたね!

脈拍も心配の要因ですね
うちの母も、興奮したりすると血圧が一気に上がって大変でした。
まわりがオロオロになってしまいますよね
2006/ 05/ 22 (月) 08: 37: 06 | URL | ウルル # L1ch7n1I[ 編集 ]
>コメントありがとうございます。
タケノコさん

そうですよねー。25歳のPTの先生のミスですー。
杖になってから、先生の補助が横からじゃなくて後ろからになったんです。
母の腰を両手で圧迫しながら。
それにその先生はリハ病棟担当一年目だったそうです。
きっとバランスを崩した時の対処法はあると思うのですが…仕方ないですね。


一人娘。さん

同意書があったんですね。
うちはそこらへんは全部父がやったので知りませんでした。
でもきっとあったはずですね。父はそういうのは適当なので読んでもいないと思いますが。

病室で骨折した方もいらっしゃいました。
大学病院で手術して、また舞い戻って来られて。
怖いですが、24時間片時も離れず見ていることはできないし、みんながみんな骨折するわけではないしと私はもう諦めましたよー。
大丈夫。きっとうまくいきますよー。
もし何か起こっても、その時はその時。
また頑張ればいいかなと思ってます。


ウルルさん

母は私と同じで、元々脈が多いんです。
だからリハビリの前と途中と終わりには、必ず先生方は脈をとっていました。
そしてある値を超えたらリハビリ中止に…
どこかで、脈の多い人は心臓が弱いと聞いたのでちょっとドキドキしている私です。
2006/ 05/ 22 (月) 11: 30: 16 | URL | wool # -[ 編集 ]
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