お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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母は偉大
2006年 05月 17日 (水) 23:59 | 編集
母より一ヶ月くらい後に、近くの病室に入った30代の女性は
リハビリの様子を見る限り、身体はほとんどなんとも無さそうでした。
でもある時から彼女の病室の入り口に
折り紙で作ったバラの花が飾られました。
それは”ここがあなたの部屋ですよ”という印でした。
彼女はトイレに行く為に部屋を出ると、もう自分の部屋が分からなくなるのです。

坊主頭で、頭の前の方に左右に長い手術痕があったので
前頭葉の手術をされたのだと思います。
記憶も結婚前の若い頃のものしかなく
ご主人も就学前の二人の子供の記憶も無いということでした。
そのためか最初の頃は、ほとんどお父様だけしか面会に来られませんでした。

その女性がいなくなったと病棟が大騒ぎになった事もありました。
みつからないまま、外はどんどん暗くなっていきました。
すると近くの別の病院から、その女性らしき人を保護していると電話がありました。
近くと言っても200メートルくらいはあります。
その病院の駐車場でウロウロしていたそうでした。
どうやってそこまで行ったのか、帰ってきた時には手や洋服に草が沢山ついていたそうです。

入院からしばらくすると、ご主人やお子さん達が面会に来られるようになりました。
彼女は自分の夫や子供たちだという自覚が無いのです。
ですから最初、彼女の態度はとてもぎこちなかったそうです。
でもある時から、彼女の顔つきが変わったそうです
ご主人だけが面会に来た時は相変わらずなのですが
子供たちが一緒に来た時は、いつものぼんやりした顔が
一瞬でキリッとした顔になったそうです。

自分の子供たちだとは、相変わらず思い出せないのです。
結婚した事さえ覚えていないのですから。
でも自分は母親なんだという、新しい自覚がそうさせるのか
実は無意識下で覚えているのかは分かりませんが
彼女と同室の20代の女性は
「たいしたもんだわ」
といつも言っていました。

私と同じ位の年の女性なので、いつも気になっていましたが
彼女とは一度だけしか言葉をを交わせませんでした。
本当に本当に蚊の泣くような小さな声でしたが
とてもしっかりとした声でした。


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Comment
この記事へのコメント
母性本能なんですね
自分の事を忘れられてしまうって本当に辛いですよね
私も最初 ずっと姉に見られていて、毎回姉の名前で呼ばれていました。
悲しかったなぁ

この女性の方は 今どうしているのでしょうね
でも、きっと家族の愛情につつまれているのでしょうね
2006/ 05/ 18 (木) 01: 07: 36 | URL | ウルル # L1ch7n1I[ 編集 ]
自分の子供すらわからなくなってしまう・・もう考えただけで悲しいですねぇ・・。お子さん・・悲しかったでしょうね。
例え・・宇宙人で反抗期で受験生なのに勉強しないで漫画ばっかり描いてる風邪もひかない(おばかちゃん)娘達でも・・わからなくはなりたくないです・・。
わからなくなるなんて・・その方もぜったいに思ってなかっただろうに。
少しづつでも・・思い出せてるといいですね。
家族に囲まれてるうちに・・また沢山の同じ時間を過ごせて、母の気持ちが帰ってくるといいですねぇ。
うん、きっと・・そうなっていますよねぇ。

旦那のことは忘れても・・子供のことは忘れたくないかもぉ~なんて・・(嘘!・・本当?)
2006/ 05/ 18 (木) 21: 35: 26 | URL | 一人娘。 # -[ 編集 ]
>コメントありがとうございます。
>ウルルさん
自分と一緒にいた何年間もの記憶が無いって、ご主人にとってはどういう気持ちなんでしょうね。
ちょっと想像がつきません。

私は間違えられたことは無いのですが、何ヶ月間も名前を忘れられていました。
それでも悲しかったですもの。


> 一人娘。さん
もしも思い出せていなくても、まだ若いし、きっとまた家族としてやっていかれているんだと思います。

やっぱり旦那様と子供って違うんですね(笑)。
2006/ 05/ 18 (木) 23: 26: 13 | URL | wool # -[ 編集 ]
もし意識が戻っても、夫である自分のことも、結婚したこともわからなかったら・・・と妻の意識がなかったころは思い続けていましたが、今では覚えてなくても良かったことがなぜかしっかりと出てきますね~^^年代的もこの女性の方がどうされているのか、また旦那さまがどう介護されているのか。。。すごく気になります。他人事とは思えないので。
2006/ 05/ 18 (木) 23: 27: 49 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
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2006/ 05/ 18 (木) 23: 56: 28 | URL | BlogStation69 # -[ 編集 ]
おれは、しょっちゅう忘れられてるけど、そのたびごと悲しくて、「scallopsちゃんだよぉ~」「他のこと忘れても、おれだけは忘れちゃだめだよぉ~」といってるうち、父が「ばかっ」と吹きだしたりすると、むちゃくちゃうれしいです。翌日は振り出しにもどって、最初からやり直しなんですが。◆30台の女性にとって、子供は何よりの宝物でしょうね。母性がそうさせるのなら、ほんとに偉大。すばらしいことだと思います。
2006/ 05/ 19 (金) 15: 36: 01 | URL | scallops # 1/Tnkcgo[ 編集 ]
>コメントありがとうございます。
>タケノコさん
タケノコさんもそういう恐れを抱いていたんですね。
でもちゃんと覚えておられて良かった。

その女性は身体はなんとも無かったので、わりと早い内から外泊をされていましたが、まず家からは出られず、自宅の部屋の配置も覚えられないため、必ず右手を壁に付けて家の中を歩いておられると入院中は聞きました。
ご主人のご両親と同居されていたので、今もご一緒に暮らしておられると思います。
私もとても他人事とは思えませんでした。


>scallopsさん
>「他のこと忘れても、おれだけは忘れちゃだめだよぉ~」
いいなあ~…scallopsさん。
私もこんなに素直に言えればよかったな~。
母が可哀相で不憫で「忘れちゃだめ」とか言えませんでしたよ。
本当は言いたかったのに。「酷い!」って。
2006/ 05/ 19 (金) 21: 02: 25 | URL | wool # -[ 編集 ]
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