お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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おまけで合格
2006年 05月 14日 (日) 00:15 | 編集
五月最後の日の朝、いつものように病室に行くと、母は泣きそうな顔をしていました。
私が来るのが今日で最後になるかもしれないと思っているからです。
私は母に最後通牒をつきつけてから、いっさいその話はしませんでした。
母が右足を上げる練習をするのも、見て見ぬ振りをしていました。

お昼ご飯が終わって歯磨きも終え
いつもならSTに備えて30分の昼寝をする時間に、母は言いました。
「ずーっと夜も練習してたの。まだできてないけど見てね」
そして私の目の前で、フンッフンッと右足を身体全体の勢いで上げ始めました。

最初はかかとだけ浮いて、つま先は床に着いている状態でした。
数回もやっているとつま先も浮くようになりました。
そして10回くらいやったでしょうか、なんだかステップに乗る位に足が上がっていました。
”本当に夜もやっていたんだな”
私は関心しました。
でも上がるだけではステップには乗りません。
高く上げて同時に右に動かさないとステップには乗らないのです。

母の顔は必死です。こんな顔は見たことが無いほど。
ひときわ右足が高く上がったと思ったら
右足の裏がステップの角に引っ掛かりました。
その状態で母はさらに右足を上げようとしましたが、右足は床に落ちてしまいました。
母は悔しがって顔を歪めて泣きました。
もうちょっとだったのにと思ったのでしょう。
ひとしきり泣いてから
「疲れたから夕方にまたやるね。また見てね」
涙でぐしょぐしょの顔で母は言いました。
母はまだ諦めていませんでした。

それを聞いて私は言いました。
「もういいよ。本当に夜も練習していたのは分かったから」
「えっ?まだできるよ。夕方もやるから、もうちょっと待って!
 今度はきっとできるよっ!絶対できるよっ!……うわ~ん!!!」
母は、私がもう見てくれないのかと思って、せっかく泣き止んだのにまた泣き出しました。

母の足の上がり具合。
そこから想像される練習量。
必死の母の顔。
一度失敗しても諦めない母の態度。
それらを見ていて、なんだか私はすっかり肩の力が抜けてしまったような気がしました。
今朝までは明日にも引き上げようと思っていたのに、不思議でした。
足が上がらなかったら”バイバイ”だと心に誓っていました。
(そして絶対上がらないと確信していました)
私は母の本気が見たかったのかもしれない。
自分の手足が思うように動かなくて
心底悔しがる姿を見てみたかったのかもしれない。

”イヤイヤ”と大泣きする母をなだめて
”私は帰らないから大丈夫”
と納得させるのにかなり時間がかかりました。
本当に本当に、母は必死だったようでした。
必死になったら、本当に三日で足が上がるようになるんですね。
ビックリでした。
もちろん足上げ運動はその日以来現在まで、封印したままです。


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Comment
この記事へのコメント
今日は誰のブログいっても泣けちゃう。うう。
で、最後の一行で、泣きながら思いっきり吹きだしたよ。
ナイスな落ちでした!v-315
2006/ 05/ 14 (日) 01: 27: 11 | URL | scallops # 1/Tnkcgo[ 編集 ]
>scallopsさん
私も今日はダメです~。
母の日なのに~。
笑ってくれてありがとう。
でも笑いが取れるとは思わなかった・・・
ラッキー!!!
2006/ 05/ 14 (日) 19: 09: 00 | URL | wool # -[ 編集 ]
凄い!もう、woolさんの愛情がビシビシだねぇ。
もう、感心の極みです。
そうか・・そうなんだぁ~。

私も、もう少し母の血圧と血糖値が安定してたら・・そうなのかなぁ~・・。
うーん・・残念。
今は、なんだか怖くてね・・。ナカナカ。
とっても揺れる心です。今のwoolさんと、お母様のいい関係の原点は、ここにあるんだねぇ・・と、思ってしまった私です。

2006/ 05/ 15 (月) 00: 53: 53 | URL | 一人娘。 # -[ 編集 ]
>一人娘。さん
愛情とか言われると、恥ずかしくて困ってしまいます。
でも私も母も必死だったのは確かで、やっぱろ愛情なんでしょうか…

こんな事はやってはダメですよー。
やっぱり専門家の言う事はほとんど正しいです。後になってそう思います。
それに母には他にはどこにも悪い所は無かったのです。血圧だって基本的は低くて、倒れた時だけ一時的に高かったみたいで。
だからこそ、よけいにくやしくて仕方が無かったんですけどね。
2006/ 05/ 15 (月) 13: 54: 04 | URL | wool # -[ 編集 ]
伝家の宝刀!?
かなり心を鬼にされてましたね~。自分は優しすぎだったかな~。でも妻はわりと自分から何でもチャレンジ(意識レベルがしっかり安定してからの話ですが)してましたから。。。いや~お母さんも、それは必死だったでしょうね。。。何か目に浮かんできますね。。。必死にリハしている親娘の姿が。でも封印しちゃったのですか、伝家の宝刀を^^)
2006/ 05/ 15 (月) 23: 58: 38 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
私、この記事に関しては
すっかりお母さんの立場、入ってしまいました。
うわーん(T∇T)
行かないでぇ!
出来るから 見てて
うわーん(T∇T)

さすがは宗像コーチ!
2006/ 05/ 16 (火) 00: 35: 37 | URL | ゼリー # JalddpaA[ 編集 ]
>コメントありがとうございます
>タケノコさん
今思うと本当に鬼娘でしたー。
いろんな事にブチキレていましたねー。
母がぼんやりしていたのも、頭がハッキリしていないせいだと分かったいたんですけど…


>ゼリー さん
おかあさ~ん。ごめんなさ~いっ!
意地悪してごめんなさぁ~いっ!!!
もうしないから許してくださいー。
うわーん!!!
2006/ 05/ 16 (火) 22: 53: 04 | URL | wool # -[ 編集 ]
実は
私も woolさんのお母さんの気持ちと私の母親の気持ちと、woolさんの気持ちがミックスシンクロしちゃって、切なくてコメント出来ずにいましたぁ
お母さんの必死さが 胸キュンなのです

でも、私もかなり鬼っこでしたので・・・余計切ないんですよね
2006/ 05/ 17 (水) 14: 04: 24 | URL | ウルル # L1ch7n1I[ 編集 ]
>ウルルさん
この時の事は母には全く聞けません。
しっかり覚えていると思うのですが…

今更あやまるよりも、これから親孝行する事で許してもらおうと思っています。


2006/ 05/ 18 (木) 00: 05: 26 | URL | wool # -[ 編集 ]
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