お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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勝利?
2006年 05月 07日 (日) 22:36 | 編集
母のいる病室は二人部屋で
ナースステーションからは遠く、病棟の奥の方にありました。
近くの病室は二人部屋とトイレ付きの個室ばかりで
比較的状態の良い患者さんが入るエリアでした。
母は私という付き添いが一日中いるという事で
特別にこのエリアの病室に入っていました。

母は五月の下旬当時、まだ病棟内にあるリハビリルームでPTリハビリを行っていましたが
近くの病室の患者さんたちは、廊下でPTリハビリをしていました。
廊下の方が長い距離歩けるし
「リハビリルームで歩けても仕方がありません。
 実際の生活の場で歩けて、身の回りの事ができるようになるのを
 お手伝いするのが私達の仕事です」
「ですから出来るだけ、現在の毎日の生活の場である
 病室や廊下でリハビリを行います」
というリハビリ責任者のOTの先生の考えがありました。

みなさんがしっかりと廊下を歩いているのを、私と母は一日に何回も見ていました。
母より遅く入ってきた人も、どんどん歩けるようになっています。
母の目標の吉岡さんも、もちろん廊下でのリハビリでした。
吉岡さんはPTリハビリの時はちゃんと杖を使うのですが
それ以外の時は杖無しで歩いていました。
本当は杖どころか一日の運動量などの関係で
必ず車椅子を使うように言われていたのに
先走って杖無しで歩いていました。

将来の歩行の安定や歩き方の事を考えたら
PTの先生の言う事を聞くほうが良かったのかも知れません。
きっとそうなのでしょう。
力任せに歩けるようになったとしても
身体に負担のかかる歩き方と言うのもあると聞きましたし。
でも先へ先へと進まずにおれなかった吉岡さんの気持ちが、私には良く分かりました。
私も自分だったらそうすると思いました。
吉岡さんは車椅子に座ってはいられなかったのです。
先生たちの言う事を聞いてはいられなかったのです。

吉岡さんは介護保険の認定時にも
「できます」
「自分でできます」
「やっています」
を連発し、一番最初の認定で『要介護1』を勝ち取り(?)ました。
「出来ないことも勝手に出来ると言って、要介護1になってしまった」
奥様はとっても嘆いておられました。


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Comment
この記事へのコメント
できないだらけ・・。
そう言えば・・母も出来る!って、言ってました。本当に出来ると思ってるから。
でも・・やっぱり出来ないことは調査員さんにはすぐにわかってしまってました。
それも結構悲しかったりしてね。
今は、現実しかないんだけど・・。
やっぱり、現実は厳しいし、悲しい。
もうすぐ、母にも認定書がくるはずです。
やっぱり・・ちょっとだけ、凹むかなぁ・・。
まぁー一杯使えて、ラッキーって思うように・・しなきゃですね。
ごめんなさーい。なんかわけわかんない文章でした・・トホホ。
2006/ 05/ 08 (月) 20: 29: 15 | URL | 一人娘。 # -[ 編集 ]
>一人娘。さん
私は要介護度は高ければ高いほどいいと思っています。
介護度がどうであろうと、現実は代わらないので。
でもそうですね。最初に要介護4と通知が来た時は
「重いのから二番目なのね…」
と思いましたね、確かに。

そうそう、ラッキーと思いましょうよ。
微妙な所なら上げてくれって感じで。
2006/ 05/ 08 (月) 23: 05: 58 | URL | wool # -[ 編集 ]
吉岡さんの奥様、なんてお気の毒・・v-12
私は「おそらく4だろー」と思ってました。その通りでした。3だったら仕事続けたいって思ってたんですけど、キッパリ諦めがつきました。
要介護ってサブタイトル、ありますよねー「重度の介護4」「過酷な介護5」って。アレって結構プレッシャーだったなー。
でもそれだけ重度だからこれだけ使っていいって、枠が広いから、フトコロが許す限り、使い切りましょう!
2006/ 05/ 09 (火) 00: 29: 09 | URL | ゼリー # JalddpaA[ 編集 ]
介護度
この前、福祉役員と懇談があったときにでた話題です
認定するとき、検査の度合いが ケアマネさんと医師の間に誤差が大きい場合があるって。それは何故だろう?って不思議だったとか
あれってつまり、いつも日常を見てくれているケアマネさんと、表面しかあまり見て無くて、本人の言葉を鵜呑みしてる医師との差だったんですよ
それを話したら、役員さんも納得してました
やっぱり検査の時は介護者がその都度見守らないと駄目ですよねぇ
利用できる物は利用しなきゃ!ですね
2006/ 05/ 09 (火) 07: 57: 28 | URL | ウルル # L1ch7n1I[ 編集 ]
>ゼリーさん
母が要介護4だった事から考えると、吉岡さんは良くても2くらいが妥当だと思いました。
やっぱり1は軽すぎでしたー。
でも吉岡さん本人が1で喜んでいらっしゃったので良かったんでしょうね。
2006/ 05/ 09 (火) 12: 12: 33 | URL | wool # -[ 編集 ]
>ウルルさん
ホント、検査は人によってかなり違うと思いました。
二度目の時の人はまた感じが全然違って、インタビューの時間もすごく短かかったりして戸惑いました。
アレも当りハズレがあるんですよねー。
2006/ 05/ 09 (火) 12: 14: 43 | URL | wool # -[ 編集 ]
身障の方もこれから
私がもし吉岡さんならそうしてたかも。。。
とにかく必死に歩いてるかも。

身障の方はこれから初めてとなる区分認定の審査があります。失語症ゆえ、あいまいに返事して「できる!できる!」と言われても困るのですが。。。出来るようになることは歓迎ですが、介護受給量(時間)が現状より減るのは大いに困りますね。



2006/ 05/ 10 (水) 00: 16: 03 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
>タケノコ さん
>身障の方はこれから初めてとなる区分認定の審査があります

知りませんでした。調べてみます。

タケノコさんもやっぱりガシガシ歩いちゃいますか。私もです。
でもやっぱりいろんなタイプの人がいるようで、若い人でもそれぞれでしたよ。
2006/ 05/ 10 (水) 13: 14: 04 | URL | wool # -[ 編集 ]
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