お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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2006年 04月 13日 (木) 21:03 | 編集
四月の中頃、隣の病室に高校生くらいの男の子が入院してきました。
最初の三日間は、母親らしき女性が夜には泊まり込んでいましたが
「たすけてー!」
「誰かたすけてくれー!」
「殺されるー!」
誰もいない昼間、彼は大声で叫びました。

私は驚いて、すぐに母の部屋のナースコールを押し
介護スタッフを呼びました。
病室の外で気配を伺うと、どうやら喉が乾いて死にそうだとの事。
”たすけて、殺される。というのは何だったの?”
昼間、彼は何度も不穏な言葉を叫びます。
最初は放っておくのですが、あまり続くと母が昼寝から起こされたり
STリハビリに支障がでるので、その時はナースコールをしました。

師長さんの話によると
彼は自分がどこにいるのか、何故身体が動かないのか何故一人ぼっちなのか
よく分かっていないという事でした。
頭が混乱していて、手は動くのにナースコールを押すことも出来ないので
何か不都合があると”たすけててー。殺されるー”と叫んでしまうそうなのです。

母が入っている二人用の病室や個室は
ナースステーションから離れた病棟の奥にありました。
基本的には、自立した患者やそれに近い病状の患者。
または母のように一日中付き添う家族がいる患者のための病室です。
安眠を求めて部屋替えをしたのに、今度は昼間が大層にぎやかになってしまいました。

傷はよく分からなかったのですが、丸坊主だったので
きっと大学病院で手術をしたのだなと思いました。
高校を卒業してすぐ、スクーターで事故にあったという事でした。


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Comment
この記事へのコメント
うちも、肺炎で父が入院している間は24時間家族がつきっきりで介助していました。大部屋だと、いろいろ問題もありましたが、個室のときはさすがに静かでした。逆に、泊り込んだ兄のいびきがうるさいと苦情が来たりして・・・。いろいろな患者さんがいらっしゃるので、病院はたいへんですよね。

大きな手術を控えた方と同室になったときは、「おれはもう死ぬんだ」と大騒ぎされてました。興奮しすぎて眠剤も効かず、落ち着かないし、挙句の果てにはポータブルトイレから転倒したりして、ほんとうにお気の毒でした。ご本人がやっぱりナースコールをできなかったので、おいらが看護師を呼びに走ったり、父のベッドからナースコールしたりしました。
2006/ 04/ 14 (金) 02: 24: 50 | URL | scallops # 1/Tnkcgo[ 編集 ]
>scallopsさん
本当に色々な患者さんがいますね。
患者さんに悪気は無いので、ほとんどの場合苦情も言えず様子をみるしか無かったです。
それにこちらも何かで迷惑をおかけするかも知れないし…
この男の子の場合、まだ子供なので(18歳ですが)家族がいないと淋しがって、より叫んでしまうといった感じでした。

私は急性期の病院で一日だけ泊まりこんだ事があるのですが、寝られたものじゃありませんでした。
お父さまの肺炎時の24時間体制は、さぞかし大変でしたでしょう。
2006/ 04/ 14 (金) 22: 11: 20 | URL | wool # -[ 編集 ]
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