お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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こんなのはじめて
2006年 04月 07日 (金) 23:02 | 編集
「専用の装具を作りましょう」
転院して一ヶ月が過ぎた四月の初旬、PTの先生が言われました。
それまではリハビリルームに備え付けの
ちょっと大きめの装具を右足にはめて、歩く練習をしていました。
足がだらんと垂れ下がって、歩く時につま先が引っかかってしまうので
足首を90度位に固定する装具です。

早速、義肢装具士の男性が母の右足の型を取りに来ました。
PTの先生と義肢装具士さんが母の足をチェックして
今まで仮にはめていた装具よりももっと短い
足首だけを固定するような装具にするとの事でした。

ベッドに寝た母の右足に包帯を巻いて、その上に石膏を塗って足型を取ります。
テレビでしか見たことが無い、小学校の工作の時間のような作業が
ベッドの上で繰り広げられました。
どれくらいじっとしていなければならなかったかは忘れましたが
「終わるまで絶対どこにも行かないでね。一人にしてはダメ」
母はしきりにそう言いました。

義肢装具士さんは石膏が乾くのを待つ間、色々と母に話しかけてくれました。
母が自分と同い年の60歳だと言う事が分かると
「ダメじゃないですが。人生楽しいのはこれからなのにこんなことになっちゃ」
「私も今が一番楽しいですよ。仕事もメインは子供に譲って、これからは悠悠自適です」
「でも大丈夫。この装具ができれば、また歩けるようになりますよ」
と励ましてくれました。

一週間くらいで装具は出来上がりました。
義肢装具士さんが病室に来て、出来あがった母の装具を袋から出しました。
「うわっ!」
「えっ!」
「しゅごーい」
順番に、PTの先生、私、母の発言です。
出来上がった装具はピンク色だったのです。それも割と濃い目の。
「せっかくなのでピンクにしてみましたよ。可愛いでしょう」
仮にはいていた装具が肌色だったので
自動的に肌色しか想像していなかった私達はビックリしました。
色は衝撃的でしたが、装具は母の足にピッタリ合いました。

「僕、こんな色の装具は初めて見ました」
「でも目立つし、可愛いですよ」
装具士さんが帰った後、PTの先生はそう言ってフォローしてくれました。


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Comment
この記事へのコメント
うわ~~
ピンクの装具なんて、可愛い~~!!
そっかー!装具も可愛くしていいんですよねーっ!
なんか今、ピピッとひらめいてしまいました(笑)

いいPTの先生だなー。
2006/ 04/ 08 (土) 14: 10: 54 | URL | ゼリー # JalddpaA[ 編集 ]
私も見たことないです。
ピンク色ですか、うちの妻のはやはり肌色でした。でも患者さんとかはピンク色とか明るい色を好むし、また華やかな雰囲気になるので良いようですね。
2006/ 04/ 08 (土) 17: 48: 31 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
>ゼリーさん
当時は本当に衝撃的で、母はかなり恥ずかしがっていました。父は趣味が悪いと文句を言うし…

そういえば、若い男性がヒョウ柄の装具を作ったとか言うのを、どこかのブログで見たことがあります。
2006/ 04/ 08 (土) 22: 32: 12 | URL | wool # -[ 編集 ]
>タケノコさん
車椅子も色々とカッコイイのが沢山あるのですから、装具も色んな柄や色のモノのパンフレットがあればいいですよね。
選ぶ楽しみができて。
2006/ 04/ 08 (土) 22: 34: 56 | URL | wool # -[ 編集 ]
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