お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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不安
2006年 04月 03日 (月) 11:18 | 編集
日中は必ず私が母の側にいるので、トイレには私が車椅子で連れて行きました。
夜はベッド脇に置かれたポータブルトイレです。

ナースコールを押すと看護師さんか介護士さんが来てくれて、ポータブルに座らせてくれます。
「終わったらまた鳴らしてね」
と言って出て行き、母がまたナースコールを鳴らすと
誰かが来てベッドに戻るのを助けてくれます。

ある朝病室に行き、母の顔を見ると額の片側にガーゼが当ててあります。
どうしたのかと聞くと、夜のトイレの時に転んだと言います。
心配になって、朝一番に来られたPTの先生に言うと
「確認してみます」
とすぐに出て行かれました。
どうやら用を足した後、寝ぼけていて一人でベッドに戻ろうとしたか
座ったままでバランスを崩して、倒れてしまったらしいとのことでした。
母に詳しくたずねてみても
「よくわからないの。寝ぼけてたのかも」
額はちょっとコブができた程度で、OTの先生もリハビリ時に
身体をあちこちチェックしてくれましたが、問題はありませんでした。
母が倒れた時、向かいのベッドのCさんが気付いてナースコールをして下さったとの事でした。

転院間も無い四人部屋で、このような事があったため
OTの先生が一人部屋に移ることを奨めて下さった時、不安がありました。
寝たきりの患者さんもいる四人部屋は、トイレの要請回数も多いし
体位交換などのため頻繁に人の出入りがあります。
この度の様に、何かあっても同室の方が気付いて下さることもあります。
その時一人部屋に入っているのは
自分のことは自分でできる”軽症”の患者さんばかりでした。

“また一人で倒れたら…”その不安をOTの先生に伝えると
「○○さんのトイレの介助者は途中で部屋を出て行かないで
 終わるまでカーテンの外で待機させるようにします」
「スタッフ全員に徹底させます」
と言ってくれました。

母の一人部屋生活が始まりました。


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