お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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みんな痛い
2006年 04月 01日 (土) 22:11 | 編集
母の隣のベッドの患者さんは、80代の女性で
娘さんが、仕事を終えてから夕方毎日来られていました。

そのBさんはその頃はほとんど寝たきりで、リハビリも全てベッドの上
食事もベッドで背を起こして、看護婦さんか介護士さんに
食べさせてもらっていました。
認知症も入っているようで、昼と無く夜と無く
「○○まさえ~。○○まさえを呼んで下さい~」
「まさえちゃん~。痛い~、痛い~」
と弱々しく叫んでいました。

私はとても気になって、何度かナースステーションに
看護婦さんを呼びに行ったことがあったのですが
母の向かい側のベッドの患者さんのCさんが
「放っておいたらいいよ!Bさんは甘えているんだ!
 痛いのはみんな同じ。みんな動けなくてみんな痛いんだから!」
と私に言われました。

Cさんは母より少し年上の60代半ばの女性で、数年前に脳出血で倒れ
この病院の介護病棟やリハビリ病棟を行ったり来たりしながら
併設の施設が空くのを待っていると言う事でした。
Cさんもほぼ寝たきりで、身体を起こすことも寝返りをうつこともできません。
食事は車椅子に乗せてもらって食堂に行きますが、身体がずれないように
座っているのがやっとという感じでした。ただ右手だけはよく動くので
日中はほとんど本を読んでいました。寝たまま右手だけで文庫本を読むのです。

数ヶ月後、母がわりと喋れるようになってから聞いたのですが
「泣いてもしょうがない。誰を恨んでもしょうがない。
 自分が病気になったのだから。誰のせいでもないよ」
とCさんは、転院して来たばかりの母を向かい側のベッドから慰めてくれたそうです。

Cさんのご主人も新入りの私達にとても良くしてくれました。
その後母が病室を替わってからも、Cさんが病棟を替わってからも
時々私は母を車椅子に乗せてCさんに会いに行きました。
それは、母の退院まで続きました。


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