お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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顔合わせ
2006年 03月 29日 (水) 11:21 | 編集
STは女の若い先生でした。
「言語療法は個室でやり、STと患者以外入ることはできない」
などと知り合いから聞いていたのですが、母のベッドでやりました。
いつもニコニコしてとても感じのいい先生です。

最初の日はテストがあったのですが、私からすると壊滅的な結果のように思えました。
でもSTの先生は中程度ですと言われます。
救急病院で、担当医に
「出血量は中程度なのですが経過があまりよくありません。手術しましょう」
と言われた時の事を思い出しました。まだあれから一ヶ月も経っていません。
「みんな最初は中程度って言われるけど、結局それはどういう事?
 どれくらい治るものなの?」
でも私は先生には聞けませんでした。

PTの先生はこちらも若い男の先生でした。
この先生はあまりお喋りが得意ではなさそうで、シャイな感じの先生でした。
初回はベッドの上だけのリハビリでしたが、次回からは同じ階にある
小さいリハビリルームへ行って少し歩いてみましょうと言われました。

二人ともとても優しく母に対応してくれました。
母は二人を気にいったようで
「若いね~優しいね~」
としきりに言っていました。
自分の子供よりもずっと若い人達にみてもらうのが、ちょっとくすぐったかったようでした。


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この記事へのコメント
ウチのハハのSTの先生も
若い女の先生でした。
ただ
ハハとはあまり相性がよくなかった様で・・(^^ゞ

私から見ればいい先生だったんですけどねぇ~。
でも、口ごたえを沢山したのが
いいリハビリになったのかも(笑)
2006/ 03/ 29 (水) 12: 42: 07 | URL | ゼリー # JalddpaA[ 編集 ]
>ゼリーさん
相性ってありますよねー。
STの先生とは最後まで良い関係だったのですが、PTやOTの先生とはその後色々ありました・・・

私はなんとなーく、女性患者には男性のスタッフ。男性患者にはその逆。
というのがうまくいくんじゃないかと、周りをみていて思ったのですが、なかなかそういうわけにもいかないようでした。

口ごたえするお母様。
なんてパワフルなんでしょう!
2006/ 03/ 29 (水) 18: 03: 38 | URL | wool # -[ 編集 ]
うちの妻の場合もOT、PT、STすべて若い方でした。STと医師からははじめテストさえ出来ないというのが結果(それだけ失語症の程度がひどい)との答え。ただ、当時は水頭症の影響もあったようです。若い方々ゆえか、医師からは期待できないといわれていたところ、リハに力を尽くしてくれました。
2006/ 03/ 29 (水) 22: 06: 15 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
>タケノコさん
医師はとにかく「悪く」言いますね。
言質を取られるとまずいからなのでしょうが。

地元病院のリハビリ病棟に移って、リハの先生の言う事があまりにも以前の担当医と違うのに、ビックリした覚えがあります。

2006/ 03/ 30 (木) 01: 12: 44 | URL | wool # -[ 編集 ]
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