お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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いちごオーレ
2006年 03月 25日 (土) 19:25 | 編集
転院の日も決まり、救急病院での最後の一週間は
なんとなくのんびりと過ごしました。
田舎に帰って初めて、緊張が取れたような気がしました。

毎朝五時半に起きて、六時過ぎには家を出る。
一日付き添い、夕食を食べさせてから夜八時に病院を出て
夕食の買い物などをして、家に着くのは九時過ぎ。
真冬の二月に、突然そんな生活に飛び込みましたが
それももうすぐ終わると思うと、感慨深いものがありました。
そんな訳はないのに、永遠に続くかのような気がしていましたから。

母が一命をとりとめ、手術をし、初めて口から食事をし
初めて立ち上がった場所を離れる事に
嬉しいのだけれど、ちょっと淋しいみたいな変な気持ちでした。

毎朝まだ寝ている母の耳元で
「おはようございます。今日のパンツは何色ですか?」
と言って起こしたりする事もなくなるのだなぁと
変な事を残念に思ったりもしました。
(「ピンクよっ!」なんて言ってくれるようになるまで続けたかったのです)

救急病院で過ごす最後の週末。
いつものように、宗方コーチ(ただし65歳)は
一階のガランとした外来ロビーで、母に立つ練習をさせました。
その帰り、エレベータ横にある自動販売機を見て母は
「のみた~い」
と言いました。モチロン私にだけわかる発音で。

倒れて以来、母が初めて私たちに所望したのが
"いちごオーレ"でした。
そんな飲み物、それまでほとんど飲んだ事は無かったのに。
"こんなものでいいなら、一生分でも買ってあげる"
と心で呟きながら、硬貨を取り出したのを覚えています。
母は今でもいちごオーレが大好きです。


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