お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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宗方コーチ(65歳)
2006年 03月 14日 (火) 20:51 | 編集
土日はリハビリはお休みです。

普通なら"お母さんも週末はゆっくり休んで"と言うのかもしれませんが
父と私は"鬼コーチ"になってしまっています。

土日は外来もお休みなので、1階のロビーには誰もいません。
広くて壁にバーが付いている場所を見つけて
父は母を車椅子に乗せて連れて行きました。
そこでバーにつまかって、しっかり立つ練習をさせるためです。
その頃にはリハビリルームで、歩きはしないものの
二本のバーの間で、車椅子から立ちあがる練習をしていたので
その代わりのつもりだったのです。

母の力の入らない右膝をつかんで
「ここにグッと力を入れて立つ!」
母の体を右側に傾けて
「右足に体重を乗せる!」
父は母の足元にしゃがみこんで、厳しい指示をとばします。
もちろんできない事ばかりです。
足自体の問題ではなくて脳の問題だからです。

そんな事は、それまでに読んだ沢山の脳卒中関係の本や
主治医の先生のお話でわかりすぎるほど父にはわかっています。
それでも
"リハビリを休んでいる二日の分だけ回復が遅れたら"
"体の機能が後退してしまったら"
と、やらないではいられなかったのでしょう。

どこまで理解していたかは分かりませんが
「アイッ」
と言って、母も指示に従う努力をしていました。
それ以来、リハビリ病院に移るまで
足の担当は父。口の担当は私。という分担ができました。


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Comment
この記事へのコメント
皆鬼コーチ
そうですね、リハビリ病院でも、土・日は見舞いの家族も多く、リハ自体は休みだからと家族がやっているところが多かったですね~。
うちはリハ病院でも、意識のレベルもなかなか上がってこなかったので、こちらは余計焦燥感にかられましたが。私のブログでも回顧録のようなもの、少しずつですが書いていこうかと思っていますが、平日はなかなかゆっくり文章を考える時間がとれないですね。
2006/ 03/ 14 (火) 22: 41: 23 | URL | タケノコ # -[ 編集 ]
>タケノコさん
後から知ったのですが、リハビリ病院によっては、土日も休まず365日リハビリにしてくれるところもあるようです。でもやはり都会にしかなくて・・・

ブログも毎日書くとなるとしんどいですね。
私はもう割り切って、1記事に30分以上時間をかけないようにしました。
短い文章でもいいから、とりあえず続けてみようかなと思っています。

タケノコさんの奥様のお話読みました。
奥様がご自分のご病気を事前に知っておられた事と
もう一つの不幸な出来事に、少なからず衝撃をうけておりました。

タケノコさんお回顧録、楽しみにしています。
2006/ 03/ 14 (火) 23: 21: 45 | URL | wool # -[ 編集 ]
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