お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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オムツ
2006年 03月 08日 (水) 12:57 | 編集
母はICUを出てからも、一週間くらいはオムツだけの生活でした。
看護婦さんが定期的にやってきて替えてくれるのですが
母はそれまで待ってくれません。
回らない口で、身振り手振りで私にオムツを替えて欲しい事を訴えるのです。

「もう少ししたら点滴を替えに看護婦さんが来てくれるからその時に頼むよ。
それまで待ってね」
と言ってもどうしても聞いてくれません。
その度にわたしは、ナースステーションに行って
「すみません。母のオムツを替えてもらえませんか」
と頼みに行くのですが、それがとてもイヤでした。

救急病院の看護婦さんはものすごく忙しいのです。
廊下でも、声をかけるタイミングを失うくらい急いで歩いているし
土日などはあきらかに人数が少なく、みな髪を振り乱して働いています。
そんな中、さっき替えてもらったばかりなのにもう濡れたから
替えてくれとは言い辛いのです。
それも一日何回も。

母のオムツを替えてもらう時は、いつも病室から出て待っているのですが
一度だけ私が病室に泊まった日、その夜看護婦さんが一人しか来られず
あまりの大変さに私も手伝いました。
体を動かす事のできない患者のオムツを替えるのが
どれほど大変か思い知りました。
母は身長152cm体重45kgです。その時はもっと体重は少なかったはずです。
それでもこちらが唸り声をあげてしまうほどの重労働でした。


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