お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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叱られて?
2007年 04月 15日 (日) 21:57 | 編集
母は基本的にヘタレなのですが、何気に強情で
昔から、娘の提案や忠告に耳を貸す事は
ほとんどありませんでした。

「私はやらない」
「いいの、このままで」

娘としては
心配しがいのない、可愛くない母親でした。

それが三年前に倒れて以来
一緒にリハビリ生活を送った七ヶ月間が強烈だったのか

「あなたの言う通り」
「もうあなたが、私のお母さんになったの」
「子供になった私は幸せ」

今では180度変わってしまいました。

確かに三年前、私は必死だったし
母の意志を無視してでも、強引にコトを進めたりもしました。

母の意志自体、聞き出すのは困難だったし
限りがある(と信じていた)回復期の間に
最大限の効果を出そうと、アドレナリンが出まくっていました。

母は父には絶対に逆らいません。
結婚以来逆らった事は一度も無いと思います。
口答えをしたことも無いと思います。

でも父は今では、母に厳しく命令したり
自分の思い通りに行動させる
といった事はあまりありません。
と言うか、母は自分の身の回りのことしかできないので
言っても仕方が無いのですが。

” 今度は私が父に代わって
  母を自分の思い通りに動かしているのかも ”

そういうつもりは微塵もありません。
母にも、私の言うコトを無条件に受け入れて欲しいとは思いません。
でも、結果的にそうなってしまっているのかも
という懸念はいつも私の頭にあります。

子供の頃から
父に逆らえない、従順で弱い(と思っていた)母がイヤでした。
王様な父がイヤでした。

だから、たとえ母が私に対してでも
従順なのはイヤなのです。
たとえ私のであっても
母が人の意志に従うのはイヤなのです。

自分の気持ちのままに生きて欲しいのです。


私に従っているのではなく
提案に耳を傾けてくれている
と思えればいいのですが

『叱られて 子が正しいと 思う日々』

こんな川柳を送って来られた日には
ちょっとヘコみます。


王様その2にはなりたくありません!


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生々しくない?
2007年 04月 01日 (日) 11:52 | 編集
いきなりですが
私には、世間話をする習慣がないことに気が付きました。
グチを言う事もないように思います。
どうしよう、と弱音を吐いたことも多分ありません。
相談事をしたことも無いと思います。

先日、前の会社の友人たちと飲む機会があったのですが

「うわー!生々しいよー!」
「やめて、そんな具体的な話!」
「またまた生々しすぎるよ…」

『生々しい』
を連発し、私は一人で悶えておりました。

・ 家を建てたりマンションを買った際の、苦労話や金額のこと。
・ そのローンを返していくために、働きに出ること。
・ 二世帯住宅を建てる際の、旦那側との攻防戦。
・ 子供の発育や学校での悩み。

こうやって書いてみると
なんてことない当たり前の話です。
三十代の女性として。
そんな話が、何故か私には生々しくてなりませんでした。


「それは生々しいんじゃないの。正直なの」

母は言いました。

「みんなお酒が入って、つい今思っていること
 悩んでいることを言ってしまうの」

(私は正直じゃないみたい)

妹夫婦に三人目が産まれて
旦那の稼ぎもいいわけじゃないので
妹が乳児を抱えて医療事務の学校に行ってるという
友人の話には

「それはガッツがあるっていうの」

(私にはガッツが無いみたい)

母はことごとく
「生々しいよね?」
という感想に同意してくれませんでした。


そういえば、母が倒れた時
私は誰にも連絡しませんでした。
黙って田舎に帰りました。

田舎の友人たちにも、知らせる気になれず
一ヶ月が経ち、母が明日地元のリハビリ病院に転院するという日に
やっと携帯メールで知らせました。
それも二人だけ。

知らせたとは言え、地元のみんなに会う気になったのは
またそれから二ヶ月近く経ってからでした。
母が倒れた翌日から、私はずっと実家にいたのですが
三ヶ月近く、人に会おうとは思わなかったということです。

“今はまだ、そんなテンションになれない”

そう思っていたような気がします。
ということは、人と会う時はテンションを上げている
という事になります。常に。

日常とは別のところで、別の気分で
私は人に会っているのかも知れません。

母が倒れて、十分に” 生々しい ”状況に陥り
とっても” 生々しい ”経験をしたと思っているのですが
それを人にそのまま伝えたりする事が
できていないのかも知れないと思います。


母と電話で話しながら
三年前の” 生々しかった母との日々 ”を思い出していたのに

「私は分かっているけれど
 お友だちには、あなたが何を考えているか分からないかも。
 ホントは何も考えていないのにね。アハハハハー!」

さりげなくムカつく母です。


もしも皆さまにお会いすることがあれば
メチャメチャ” 生々しい ”話をして
ぜひ皆さまを、悶えさせてみたいという野望を抱いております。
イヤ、でも、ムリかな?


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