お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
変な人
2007年 01月 28日 (日) 20:00 | 編集
母は少し前から
自分でお米をとぐようになりました。

「お父さんが面倒くさがって、時々お米を炊いてくれないの
 買ってきたご飯はおいしくないから…」
という理由からでした。

お米をといで、水と一緒に内釜に入れるまでを母がやります。
内釜を電気釜に入れて、スイッチを押すのは父でした。

車椅子でキッチンへ行って
お米をとぐ時だけ、シンクによりかかって立ちます。
見ていると、立っている時がなんだか
危なっかしい気がして、ドキドキしました。


それに、父や私との約束では

” 一人の時は、絶対車椅子から離れない
  トイレも車椅子で行く ”

と決まっていたはずなのですが
父のいない昼間

「あっ!
 さっき歩いてトイレに行っちゃった…」

私との電話中につぶやかれた時には
首根っこをつかんで揺さぶってやろうかと思いました。
受話器から手を突っ込んで。

杖歩行に慣れてくるにつれて
少しの距離だと、杖の方が楽になって
時々、車椅子に乗るのを忘れてしまうそうです。

母はヘタレではあっても
決してチャレンジャーではないので
本当に、ついやってしまうのだと思います。

” 階段てすりでベリーロール ”
のとんでもない過去があるので
カラダがよじれるくらい心配です。


” 頭ごなしに反対してもな ”
” できる事が増えて喜んでいるのにな ”
” 私がご飯を炊いてあげられないしな ”
” 手もお金も出さない者が口だけ出してもな ”

引け目だらけで、強く出られない自分が
とても情けないのですが

「一人の時は、絶対歩かないように!」

とにかくもう1度、コレだけは念を押しました。


「歩いてないよね?」
「キッチンでふらついてないよね?」

ふと思い出しては、職場で身悶えしています。
母のせいで” 変な人 ”と言われそうです。

どこでもドアがあればなー


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トクナガとか…
2007年 01月 22日 (月) 19:58 | 編集
母は去年くらいから、やっと
” 音楽でも聴こうかな ”
という気持ちになったようで
私に何枚かのCDを所望しました。

その中に
”徳永英明 ”
がありました。

母が徳永好きだとは、知らなかったのですが
「レディオがいいの」
と言うので
『壊れかけのRadio』
が入った初期のベスト盤を、夏に送っておきました。

CDを送るにあたって、自分でも聴いてみたわけですが…
よかったんです、これが。


大晦日に
” 徳永英明が紅白に出て『壊れかけのRadio』を歌う ”
という情報も、母が持っていました。

新聞に歌手の順番が載っていたので

「まだ?あとどれくらい?」
「次の次の次の次の次だよ」
「えー!」

などと言い合って、待つ時間も
楽しかったです。

そして、やっと徳永が登場して…

終わってからの母の感想は
「ヘンな歌い方しなくて、ふつうに歌っててよかったよ♪」

母が一番好きな、オリジナルのアレンジと歌い方で良かった。
という事でした。

私もそう思いました。
良い曲に良い声でした。
ごちそうさまでした。


私は井上陽水も好きなのですが
実は陽水も、私が子供の頃に母が好んで聴いていたのです。
そして、すっかり母より陽水マニアになった過去があります。

声や音楽の好みは遺伝するのでしょうか?

考えてみると
” 私がいいと言って、母もそれにハマる ”
という事は今まで無かったので
ちょっとなんだか、腑に落ちないというか
悔しいというか、複雑な心境です。

” 男の好みだけは、絶対に真似しないぞ ”
と、これはもう、子供の頃から何十年も心に誓っています。

誓い過ぎかも…


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反則技ナリ〜
2007年 01月 11日 (木) 18:55 | 編集
帰って来ましたー。
今回は12日間の帰省でした。

母はとっても元気でした。
私は帰省した次の日に、耳鼻科に駆け込んだのに。

子供の頃によく中耳炎になって行っていた耳鼻科に
何十年ぶりに行ってみたのですが…
私が子供の頃に若先生だった人が、すっかりモウロクされていて
私の言う事も、あまり聞こえないようで
回りで看護婦さんたちが、通訳をしてくれました。

「注射する?」

とっても怖かったので、やめておきました。

帰ってから母に言うと
「お父さん先生は良かったけど、若先生の時は
 すごく注意が必要だったよ。昔から」

誰が見ても、私はおたふく風邪だったのに
若先生は、ペニシリン(?)だかなんだかの注射をしようとしたそうです。
だから母は、あわてて退却したそうでした。
ウン十年前に。

母よー。
だったら行く前に教えておくれ〜


前回の帰省は一週間でした。
それくらいの日数だと、慌ただしさが勝って
あまりなんとも思わないのですが
今回のように、ちょっと滞在が長めだと
…帰り辛くてたまりません。

私が帰る二日くらい前から、母はなんとなく挙動不審になり
前の日や当日はもうあきらかに” あやしい人 ”になります。

そして今回は、バイバイの時に
初めて泣かれました。
母が家に戻ってからは、私に対しては泣かれていなかったのですが。
(弟その二が帰るときは、毎回泣いていました。心配で!)

母も自分で言っていますが
今でも薄皮を剥がすように、ほんのちょっとずつ
頭の方はクリアになり続けているようです。

だから今回初めて、私が帰る時に泣いたのかなーと。

三年前のお正月。
元気な母と最後に過ごした日。
私が実家からこちらに帰る時、母は物凄く淋しそうでした。
そして母は、挙動不審でした。
やっと三年前の母に近づいたのかなー。

去年は思わなかったことを思うようになったとか
気にならなかった事が気になるようになったとか
前は怖くなかった事が怖くできなくなったとか

母にとっては、色々苦労はあるみたいですが
きっと良い事だと思うので、歓迎です。

でも、帰り際に泣くのは反則だー!
もっと前に想像して泣いとけー!!!


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あけましておめでとうございます
2007年 01月 02日 (火) 14:09 | 編集
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします。

西日本のこちらは、わりと暖かいお正月です。
元旦の昨日はお天気も良くて
母を散歩に連れ出しました。

” 毎日歩かないと体がなまるよ ! ”
と今日も午前中に連れ出したので
今は…母はお昼寝中です…

"弟その二"はもう帰ってしまったのですが
今年は初めてお土産を買って来ました。
実は"弟その二"は、携帯で連絡は取れるものの住所不定だったのですが
去年の夏からは、以前のアパートに帰っているらしく
数年ぶりに居所が掴めました。

母はその事を聞き出すと
早速"弟その二"に年賀状を書きました。弟に内緒で。
” 着いたらメールを下さいね ”
と書いてありました。

信用していないんですね〜。
ま、今までが今までですから
気持ちは良く分かりますけれど。

弟たちと母のやりとりを間近で見るたび
母親と息子の関係の不思議さを、思い知ります。
息子であり恋人なんですね。


お蔭様で、穏やかなお正月を過ごしております。

母がお昼寝から起きたら
父と母と、水神様に初詣に行こうと思います。
それから母と二人で、近くのデパートの初売りにも。
スーパー牛歩なので、リハビリの一環ですが
それなりに楽しんでこようと思います。

行って来まーす!!!


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