お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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夢のよう
2006年 02月 28日 (火) 15:03 | 編集
青天の霹靂とはまさにこういう事なのだな、と思いました。
たった一ヶ月前には、帰省した私と毎日遊びまわっていた母が
何の前触れもなく「良くて車椅子」と言われる事になるなんて。

人生最大の危機でした。
「神様、お願いですから時間を戻して下さい」
と心の中で泣き叫ぶ日が私に訪れるなんて、夢にも思っていませんでした。
今思うと本当にドラマの中の出来事のようです。
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とりあえず
2006年 02月 27日 (月) 10:39 | 編集
命に別状はない。でも右半身が動かない。意識はあるようだ。
という情報だけもらって、翌朝弟と一緒に田舎に飛びました。

ICUで横たわっていた母は、意識はあるとはいうものの
反応が無いわけではないという程度で、声をかけても口もきけず
私達の事がわかっているのかどうかあやしいものした。

左脳の被殻(ひかく)に出血がみられ、そのため右半身と言語能力が
麻痺しているという事でした。
「リハビリをしても麻痺は残ります。良くて車椅子でしょう」
と主治医の先生から言われました。

飛行機の手配
2006年 02月 26日 (日) 12:25 | 編集
電話をくれた親戚は、母が運ばれた病院に向かっている途中だったので
その時点での母の状態は何も分かりませんでした。
脳卒中らしい事。意識が無いらしい事。
ただそれだけでした。

明日の朝一番の飛行機のチケットを買うために
近くの旅行代理店へ行きました。
その旅行代理店で、チケットを買って出る時
「いってらっしゃいませ!」
と満面の笑顔で力一杯送り出されました。

きっとお約束の挨拶なのでしょう。
「明日の朝一番早い便を、会社はどこでもいいです」
と言って閉店間際に飛び込んだお客に対してそれはないんじゃないの。
緊急事態だって誰にでも分かるじゃないの。
と私は心の中で憤慨しました。なんて八つ当りなんでしょう。
でもそれくらい、私の心はささくれ立っていました。

はじめまして
2006年 02月 26日 (日) 08:23 | 編集
2004年2月10日、午後6時。
親戚から母が出先で倒れて意識不明だとの電話が入りました。
母はその時60歳。これまで大きな病気は一度もした事がありませんでした。

その瞬間から始まった、母と私の7ヶ月間にわたるリハビリの記録を
綴っていきたいと思います。

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