お母たまと私 -母と娘の脳卒中リハビリ日記 外伝-
2004年2月に脳卒中(脳出血) で倒れ右片麻痺になった母と私の七ヶ月間にわたる リハビリの記録と、それからの事。
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転院の日
2006年 03月 26日 (日) 20:17 | 編集
転院の日、朝10時にA病院の救急車が迎えに来てくれることなっていました。
病室の私物は全て父の車に積んで、父は後からA病院に一人で来る事に。
私は母と一緒に救急車に乗ります。

そろそろ迎えが来るかなと思っていると
ハァハァと息を切らした社会福祉士の男性が病室に来られました。
退院までにお知らせしておかなければいけなかった事がまだでした
お時間を下さい、との事。
近くあるカンファレンスルームに行くまでの間にも
何度も何度もお辞儀をしてお詫びを言われます。
とても腰が低くて熱心な方なのです。

その時言われたのは
・ 障害者手帳は症状が固定してから半年後からなど、申請日に制限があり
  申請しても三ヶ月位かかるが、介護保険は今すぐに申請でき、一ヶ月くらいで届くので
  すぐにでも申請する事をおすすめします。
・ この病院の治療費は高額療養費制度を使うと、普通の家庭であれば
  自己負担は7万円位になります。それ以上は市が支払ってくれます。
・ 最初に全額病院に支払って、後から市に払い戻してもらってもいいですが
  貸し付け制度を使えば、最初から自己負担分だけで済みますので
  そちらをお奨めします。

それから
「ご実家とは市が違うので、もしかしたら少し違う部分もあるかも知れませんが
  何かありましたらどんな事でも、いつでもご相談下さい」
と言ってくれました。

高額治療費制度の事は知っていましたが、貸し付け制度は知らなかったので
とても助かりました。まとまったお金を一時的にでも用意する必要が無くなりました。

父はこの社会福祉士の方をとても気に入っていて、本当にどんな事でも相談していました。
後から聞いたら"そんな簡単なことまで?"と思うような事まで。

母は実家から車で45分かかるこの病院に、今でも定期的に検診に通っています。
家に帰ったら、家から近い病院に主治医を替えるのが普通です。
それに担当医は大学病院からの派遣なので、もう何人も代わってしまっているのです。
でも父がこの社会福祉士さんを気に入って、病院を替えたがらないのです。
「仕方が無いの、お父さんがね」と言って母ももう諦めているようです。


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いちごオーレ
2006年 03月 25日 (土) 19:25 | 編集
転院の日も決まり、救急病院での最後の一週間は
なんとなくのんびりと過ごしました。
田舎に帰って初めて、緊張が取れたような気がしました。

毎朝五時半に起きて、六時過ぎには家を出る。
一日付き添い、夕食を食べさせてから夜八時に病院を出て
夕食の買い物などをして、家に着くのは九時過ぎ。
真冬の二月に、突然そんな生活に飛び込みましたが
それももうすぐ終わると思うと、感慨深いものがありました。
そんな訳はないのに、永遠に続くかのような気がしていましたから。

母が一命をとりとめ、手術をし、初めて口から食事をし
初めて立ち上がった場所を離れる事に
嬉しいのだけれど、ちょっと淋しいみたいな変な気持ちでした。

毎朝まだ寝ている母の耳元で
「おはようございます。今日のパンツは何色ですか?」
と言って起こしたりする事もなくなるのだなぁと
変な事を残念に思ったりもしました。
(「ピンクよっ!」なんて言ってくれるようになるまで続けたかったのです)

救急病院で過ごす最後の週末。
いつものように、宗方コーチ(ただし65歳)は
一階のガランとした外来ロビーで、母に立つ練習をさせました。
その帰り、エレベータ横にある自動販売機を見て母は
「のみた~い」
と言いました。モチロン私にだけわかる発音で。

倒れて以来、母が初めて私たちに所望したのが
"いちごオーレ"でした。
そんな飲み物、それまでほとんど飲んだ事は無かったのに。
"こんなものでいいなら、一生分でも買ってあげる"
と心で呟きながら、硬貨を取り出したのを覚えています。
母は今でもいちごオーレが大好きです。


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決めました
2006年 03月 24日 (金) 20:20 | 編集
結果的に父と私は、実家から近いA病院の回復期リハビリ病棟を
母の転院先として選びました。

特に”コレだ!”という決め手はありませんでした。
どちらの病院にも一長一短があり
“あちらのアレがこっちにあったら…”
“アレとコレが合体したらいいのに…”

離れた場所にある二つの病院を一日で回り、救急病院に帰る車の中で
県内に他にめぼしいリハビリテーション病院が無いなら
他県にも候補を広げようか、とまで考え始めていました。

すると父が運転席で言いました。
「○○子(母)は何でもくよくよ悪い方に考えて、すぐにペチャンコになる。
 あいつにあのリハ専(県内随一)は無理だ。やる気が無くなったら元も子もない」

確かに県内随一のリハ専門病院は、リハビリスタッフが少々スパルタ気味で
患者が必死でスタッフについていっている様に見えました。

「わしやお前のような性格なら、リハ専でバリバリやったほうがいいだろう。
 ナニクソーッと奮起するだろうからな」
「?」
「○○子(母)や○○男(弟)なら、A病院みたいな所でゆっくりやってもらわないと
 これから先、何ヶ月もリハビリを続けるのは難しいだろう」

父よ!!!
あなたと私が同じ性格???
意義ありっ!!!

意義を申し立てる前に、父の言った事を考えてみました。
私の性格はともかく、母の性格については確かにその通りです。
だからこそ、母が泣いて嫌がっても鬼コーチになると決めたのでした。
私は次のリハビリ病院でも、ずっと母についているつもりでした。
娘も鬼、リハビリスタッフも鬼では、母はリハビリをしなくなってしまうかもしれない。

一晩考えて、父に言いました。
「A病院でいいと思う。地域連携室に行ってお願いして来て」


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社会福祉士
2006年 03月 23日 (木) 21:00 | 編集
母の状態は相変わらずで、リハビリできたりできなかったり。
いい話、嬉しい話はどこからも入って来ません。

私は転院先を決められないまま、2~3日悶々としていましたが
“実際に見ていないから、説明を聞いていないから決められないんだ”
と思い、母を父に頼んで1階の地域医療連携室へ行きました。

前に、父が話を聞いてもらっている事を伝えると
「納得がいくまで何度でも相談に来て下さい」と言ってくれました。
社会福祉士は2人で、1人は30歳くらいの男性。
もう1人は40代の女性で、元看護婦ですと自己紹介されました。

やはりリハビリ専門病院は、県内で実績があるのは隣市の病院しか無いという事。
ここ何年かで、あちこちに中規模のリハビリ専門病院ができているのは
情報としては知っているし、資料ももらっているが
この病院からはまだ転院した患者はいないという事。
A病院からも”回復期リハビリ病棟”を作ったという情報はもらっていたので
父に紹介した。という話をしてくれました。

父が見に行った、2つの病院の間で迷っている。
専門家の立場から見たらどちらがいいと思うか、と聞いてみると
「A病院がどんなリハビリをしているかは分かりませんが母体は老人病院ですよね。
 お母様はまだお若いので、リハ専門病院でできるだけの機能回復を目指した方が
 いいのではないかと思います」
との答えが返ってきました。

その上で、まだ時間はあるのでもう1度
あなた自身がが両方の病院を見に行かれてはどうですか?とも。
「何度でも納得するまで、質問し見学して当然です。
 大切な家族を預けるのですから。もう1回予約を取りましょう」

私は、今度は自分の目で2つの病院を見に行くことになりました。


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老人病院
2006年 03月 22日 (水) 18:25 | 編集
実家と同じ市内の2つの病院は、どちらも老人病院として有名なところでした。
父はこの2ヶ所ならば、郊外にあるA病院の方がいいと言いました。

・ 回復期リハビリ病棟は、一般の老人病棟とは別の病棟にある。
・ 面接を受けに行く必要は無い。必要な情報は病院同士でやり取りし
 ケアワーカーの方が、患者に会いに来る。
・ その結果によって転院できないと言う事はない。
 基本的に発病して3ヶ月以内であれば誰でも受け入れる。
・ リハビリは基本的に病室内および廊下などで行う。
・ リハビリは患者の必要に応じて1日に複数回行う。
・ 土日祝日は休み。
・ PT11人、OT8人、ST4人。
・ 病室は1人~4人部屋。
・ 元々が老人病院なので年配の患者が多い。
・ 看護婦、スタッフの感じは良かった(皆挨拶をしてくれた)。

父に対応してくれたのはケアワーカーで
その後リハビリ責任者のOTに話を聞いたそうです。
それからまた、ケアワーカーに病棟内を案内してもらったと言います。
良い点としては、面接に母を連れて行かなくていいことと
リハビリの回数が多いこと。
悪い点としては、老人が多いため活気が無く淋しい感じがする。

父は、母の転院先はこのA病院でいいんじゃないかと言いました。
どちらにも一長一短がある。それならば家から近いほうがいいと。
県内随一のリハビリ専門病院は、現在入院している救急病院よりも
さらに実家から遠く、車で1時間ちょっとかかります。
A病院ならば車で20分です。

父のために部屋を用意して、ケアワーカーとOT両方が対応してくれた
と言う点には私も好感が持てました。

“でもあっちは県内随一なのよ?リハ専門病院よ?”
“市内のもうひとつの病院は?”
“A病院は老人病院じゃないの。そこに行くと聞いたらお母さんは泣いちゃうよ!”

私は見てもいない病院の間でグルグル迷っていました。


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